ぽんは愛するより愛されたい

お腹ぽんぽこりんのぽんこが書きたいときに書きたいものを書きたいだけ書いています。特に有用な情報はありません。

親知らずに愛されて困る

親知らずを抜いた。

何年も前から歯医者さんに言われ続けていた。「親知らず、抜いておいた方がいいですよ。」言われたが、親知らずを抜くのは怖い。恐ろしい。健康な太い歯を歯ぐきからぐりぐり引き抜くなんて、想像しただけでもおぞましい。ああ怖い。やりたくない。そう言って何年も何年も放置していた。

きっかけは些細なことだった。数か月前、流産をした。稽留流産というらしく、心拍は一度も確認できないまま、さらっと出ていってしまった…ということはなく、全然出ていってくれないので業を煮やして手術を選択したら、その手術日に自然に出て行く流れになってしまい手術を受けたものの「はて、手術とは」みたいな処置になってしまったという流れがあるのだが、それはまた別の機会に。結果的に流産になったのでたいへん短かったのだが、私には妊婦の期間があった。葉酸サプリはバッチリ飲んでいたし、生活も規則正しく送っていたし、実家も義実家も協力的で、選んだ産婦人科は親切かつ情報共有が出来ていて好感が持てた。ただ、一つ気掛かりがあった。親知らずである。

ずっと抜けと言われていた親知らず。でも怖くて抜けなかった親知らず。別に虫歯になっているわけでも、痛いわけでもなかった。体調のすこぶる悪い日、なんとなく親知らず近辺が怪しい雰囲気を醸し出すことはあったし、歯磨きもしにくかった。その程度。その程度のことなのだが、妊娠すると麻酔が使えないという話は聞いたことがあった。そして、妊娠すると女性ホルモンの関係で歯のトラブルが起きやすいという話も聞いたことがあった。と、いうことは?

親知らず。嗚呼、親知らず。私は妊娠中、ちょっとした時限爆弾を咥えているような気分になっていた。どうか痛みませんように。どうか虫歯になりませんように。どうかどうか、親知らずが爆発しませんように。

それとは関係なく流産になってしまい、落ち込んだり落ち込まなかったりしている間に時は過ぎ、仕事もプライベートも平常運転に切り替わった。その頃、定期検診に行った歯医者で言われた。「親知らず、抜いた方がいいですよ。」そして私は陥落した。

でも怖い。親知らず怖い。かかりつけの歯医者は「神経と近いですからね、CTを撮ってしっかり診たいのですが、あいにくうちにCTはなくて」と言う。CTを取ってきたらうちでも抜けると言うが、いや待て。CTのない歯医者は親知らずの抜歯経験が少ないのではないか?

私は、医者の腕は経験に比例するという持論を持っている。探せば神の手を持つ医者もいるのかもしれない。名医もいるのかもしれないが、私がそれを探し出すことは不可能だ。だから、とにかく経験をたくさん積んでいる、かつあまり疲れていない医者が良い医者だと考えている。経験があればある程度は上手なはずだし、色々なケースを見てきていれば、何かあっても判断がしやすいはずだ。というわけで、親知らずの抜歯に秀でた歯医者を探した。親知らずを抜くというのは手術の域に入るのだそうで、それを専門にしているのは口腔外科というところだ、という情報を手に入れた。家の近くの口腔外科を探し、そのホームページを熟読し、親知らずをほぼ毎日抜いているらしき歯医者に狙いを定めた。さぁここだ。思い立ったが吉日だ。私は歯を抜くぞ。待ってろ親知らず。

さっそく口の中を見てもらい、CTを撮り、神経と近いですけど繋がってはないので痺れは出ないはずですよ、と言われ一安心。とは言えさすが親知らずを何本も抜いているだけあって、予後がどうなると予想されるか、という話をたくさん聞かせてくれた。痛いのか、そうか、怖いなぁ。だから思う存分台湾旅行を楽しんだ後の日に、私は親知らずを抜くことにした。

そんなことを菩薩(夫)に話すと、親知らずを抜いたことのある彼はこう言った。「親知らず、痛いよ。抜いた当日なんて熱がでちゃって。どん兵衛しか食べられないし、ロキソニンが手放せないよ。」うげ、何それ怖い。そんなのやだ。別の友人は「親知らず抜いたら、もう口の中にキャンディーがあるみたいに腫れるの。痛いよぉ」やだやだ、そんな話聞きたくない怖い。極めつけに父は「頬が腫れて何するにも辛かった」知ってる、見てた。そんなの思い出させないで。

話す人話す人全員に脅されながら、抜歯当日。麻酔のせいなのか緊張のせいなのか、やたらと動機がした。判決を受ける無実の被疑者はこんな気持ちなのかもしれない。ただ、神経に近いと言われながらも、何のかんのと10分ぐらいで処置が終わってしまった。思った以上に全く痛みがなく、拍子抜けしてしまった。「痛みの期間は人によって違うけど2日~2週間で治まりますからね。」という歯医者の言葉が頼もしい。ちくしょう周りの奴らめ、散々脅しやがって。痛みなんて2日で治してやる。気合だ気合。

当日、麻酔が切れた後は確かに痛かったが、思ったよりも痛くなかった。もっとのた打ち回るような痛みかと思っていた。ふふ、これしきのことで熱を出すとは、菩薩の何と軟弱なことか。一応のロキソニンを飲んで、余裕しゃくしゃくで1日を終えた。

 

のだが、次の日、私の頬がパンパンに腫れた。親知らずを抜いた右側だけが、ぷくーっと膨らんで、クレヨンしんちゃんを思わせる輪郭に変貌を遂げた。痛い。痛すぎる。ロキソニンを飲めば少しはマシだが、触ると激痛が走る。そして膨らんだ頬が妙に重い。頬に重力を感じたのは人生で初めてだ。とても右頬を下にしては眠れないので、左を向いて寝ることになった。ロキソニンのせいか、昨日の麻酔のせいか、手術のせいか、抜いた親知らずの怨念か、1日ぐったりしていた。痛い。重い。だるい。そして何より、食べられない。腹は減る。口は開かない。そもそも噛むのが痛くて辛すぎる。ロキソニンを飲むには何かを食べないといけないのに、痛くて何も食べられない。仕方がないので食べずにロキソニンを飲む。ごめん私の胃袋。歯が痛くなくなったらちゃんと労わるから許して。痛みがマシになったタイミングで、柔らかいうどんを流し込む。普段から食べるのが遅いのに、いつもの3倍は時間がかかる。そのうちに食べるのに疲れてしまって、空腹のまま諦める。この激痛、いつになったら治まるんだ?明日?明日かな。まぁ、最近食べ過ぎで体重増えたの気になってたんだよなーいいダイエットになってるよーと自分を慰める。私は基本的に前向きな人間なので、本当にダイエットしている気分になって満足した。そんな私を見て、かわいそうかわいそうと言いながら菩薩が私の写真を何枚も撮っていた。仕方がないのでとびきりの笑顔でピースを返したが、撮れたのは眉毛をハの字にしたクレヨンしんちゃんだった。こんなはずでは。

3日経っても4日経っても頬は腫れ痛みが続いた。私のクレヨンしんちゃん化はとどまるところを知らない。歯医者に追加の痛み止めを貰い、膿んではいないから耐えろと激励を受ける。痛い。だるい。頬が熱い。食べられない。処置当日に何を思ったか作っておいた野菜スープで耐え忍んだ。くたくたに煮たキャベツと玉ねぎの癒し効果は半端じゃない。そして麺。とにかく麺。特にうどん。ありがとう小麦。

5日目。唐突に腫れが引く感覚がやってきた。朝、菩薩に腫れが引いたと訴えたところ、「うーん?言われてみれば?」と言われたが、頬が軽くなっているのがわかった。夜になってまた腫れが引いたと菩薩に訴えたところ「本当だ」と納得していた。相変わらず痛みはロキソニンで鎮圧しているものの、頬を触ると痛みがある。けれど頬の熱は引いて、麺以外の物でも食べられる気がしてきた。でも、唐揚げを食べたら痛かった。私は加減というものを知らない。

6日目、7日目と経過すると、頬のふくらみはなくなり、親知らずがあったところの歯ぐきだけがぼこっと腫れている状態にまで落ち着いた。友人が言っていた「口の中にキャンディーがあるみたいに腫れる」というのはこれか!とかなり感動した。こんなもの、大したことないじゃないか。相変わらず痛くて、朝は歯の静かな痛みで目が覚めるが、ロキソニンを飲んでしまえばこっちのものだ。にしてもロキソニン、凄い。何が入っているんだろう。

とはいえ、8日目になれば歯医者にもらったロキソニンも底をつき、もらいに行くついでに抜糸をしてもらった。「膿んではないし、状態も悪くはないから、そろそろ痛みもなくなるはずなんだけど」と言う歯医者の言葉に、素直な私は頷く。オッケー任せて。ロキソニンさえいれば、きっと私は大丈夫。副作用で口がえらく乾くけど、きっと私は大丈夫。

そんなわけで、今日で10日目になった。まだロキソニンがないと痛い。いつになったら痛みが引くのだろう。歯の痛みは全てのやる気を削ぐ、ということが、今回の教訓だ。ブログを書く気なんて一気にそがれてしまったし、仕事も絶対にやらないといけないもの以外は全く手につかなかった。もうじき引っ越しなのに、引っ越し作業なんて全くしていない。

ちなみに、抜歯をする前に私を散々脅した菩薩は「自分が親知らずを抜いた時より明らかに酷い…」とたいそう慰めてくれた。私の様子を見た友人たちも「そんなに腫れる人初めて見た」とたいそう慰めてくれた。みんな私ぐらい苦しんだから脅したんじゃなかったのか!と少し腹が立ったのはここだけの話だ。

歯医者の予言では、最長で痛みは2週間続くらしい。2週間まであと4日。辛いは辛いが、薬を飲めば治まる痛みなので大して苦しくはない。痛みがなくなるのが楽しみだ。痛みがなくなったら何を食べようかと今からわくわくしている。

 

ただ、もう一本の親知らずをいつ抜くか。

私にはもう勇気が残っていない。